ルイズ96
ルイズ96
全ての悲劇を招いた、この瞳。周りの人間は、片目だけ色の違う自分を、総じて気味悪がった。
だがこの眼が、皮肉にも、凶暴化したマナと渡り合う事を可能としていた。
(……けど、このままじゃいつかやられる……!)
フランクとの戦い、大沢組の組員との戦闘が、そして今も続くマナの猛攻が、幸一の動きを徐々にだが、確実に鈍くしている。
鉤爪を縦に構えたM13で受け止め、幸一はマナを蹴り飛ばす。距離を取るべく、幸一は後退。
(こうなったら、覚悟を決めるしかない……!)
一つだけ、マナの暴走を確実に止める方法がある。『撹乱器官』を破壊する事だ。
血を必要としているのは、『撹乱器官』だけ。つまり、『撹乱器官』さえ取り除ければ、この凶行は止まる。
もっとも、吸血鬼の再生能力は尋常では無い。それほど時間をかけずに、『撹乱器官』は再生されるだろう。だが複雑な臓器ほど、修復も容易ではない。
マナが正気に戻った一瞬に気絶させ、病院に運び込み、輸血する。それしかない。
方法はそれしかないとわかっている幸一だが、その手は汗ばんでいる。本当に、出来るのか、と。
(……一歩間違えば、心臓を撃ってしまう)
『撹乱器官』は、心臓のすぐ脇にある。ほんの数センチの誤射が、致命傷になりかねない。心臓と脳は、再生に重要な器官だ。どちらかを傷つければ、いかに吸血鬼とはいえ死ぬ可能性が飛躍的に高くなる。
幸一は自問する。本当に、出来るのか?
(……出来る、出来ないじゃない! やらなきゃいけないんだ!)
弾丸の尽きたベレッタに弾倉を再装填。M13を捨て、べレッタの狙撃のみに幸一は集中する。
五十メートルの間合いを詰めるマナに、銃口を掲げる。
この距離、相対速度……やれる!
幸一は確信を持ち、べレッタの引き金を。
引こうとし、右眼に映った光景に眼を見張る。
貧血の症状が思ったよりもひどいのか、前のめりにつまずきかける。弾丸が、心臓に命中する。赤い花が咲き乱れたのを、幸一の青い瞳は確かに見た。
ほんの少しの誤差。それを修正している間は無かった。幸一はそれでもどうにか引き金を絞る寸前に腕を跳ね上げる。放たれた弾丸は、つまずきかけたマナの心臓を捉える事無く、彼女の頬を掠めて逸れていく。
一発で決めるつもりだった幸一は、慌てて照準し直し……し直した所で、衝撃が頭蓋を襲った。気付くと、組み伏せられ、べレッタは手元に無い。組み伏せた際に、コートも剥ぎ取られたようで、パーカッション・リボルバーもM13も、ナイフも、抵抗する為に必要な武器一切合財、何もかも無かった。
ぎらつく赤い瞳が、獲物を見定める。だが吸血鬼の眉が、何か疑問を感じているようにほんの僅かだが、曲げられた。
幸一は、泣いていた。ただ、泣いていたのではない。
組み伏せられた状態で、右手が空いているにも関わらず、抵抗する事無く、弾丸が掠めた自分の頬を撫でている。
「ごめんなさい……僕は、貴方を……守れなかった……!」
その涙に、吸血鬼に飢え以外の感情がはじめて浮かぶ。
それは疑問。どうしてこの獲物は、これから食べる自分の事を心配するのか?
それに……今にも悲鳴をあげそうなほど身体は震えているにも関わらず、笑いかけているのはどういう理由があるのだろう?
「せめて……ぼく以外の誰かを、貴方が殺さない事を、祈っています……」